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アトリエMay × ヨシ

ヨシの生育サイクルを守る商品で
大阪発のサステナブル産業を。

古くから日本人に親しまれてきた簾(すだれ)や葦簀(よしず)。その材料は水辺に自生するヨシで、毎年冬に刈り取ることが水辺の環境を守ることにつながっています。大阪では、1971年の淀川改修でヨシが減少。輸入が増えたことでヨシにまつわる地場産業も衰退し、生態系に変化が出ています。今回、琵琶湖・淀川水系に自生するヨシの生育サイクルを守ることを目指し、ヨシ糸の開発や企画・販売に携わる「アトリエMay」の塩田真由美さんにお話を伺いしました。


淀川水系最大・鵜殿ヨシ原の役割とは?
日本書紀で自国を褒め称える表現として“豊葦原千五百秋瑞穂国(=ヨシが生い茂って、千年も万年も穀物が豊かにみのる国)”と書かれるほど、古くから日本人との関係が深いヨシ。湖や河川などに自生し美しい景観をつくり、葦簀・ヨシ屋根・夏障子などの生活道具として暮らしを支えてきただけでなく、科学が発達していない頃から水質浄化・生物多様性・CO2削減に貢献してきました。

日常的な生活道具の材料となることで、春に新芽があらわれ秋に穂がつき冬に収穫・ヨシ焼きをするという生育サイクルが守られてきましたが、さまざまな外的要因から国内のヨシを活用することが減少し、生態系に変化があらわれています。そのため、現在は地域のボランティアの方々がヨシ刈り・ヨシ焼きをしていますが、塩田さんがヨシ糸の材料とする鵜殿(うどの)ヨシ原だけでも甲子園球場の約18倍の広さがあり、継続することがなかなか難しい状況にあります。

<ヨシの環境保全作用>
・窒素やリンを吸い上げる(植物プランクトンの異常発生を抑制する)
・CO2を大量に吸収し、酸素を発生させる(温暖化の抑制)
・ヨシの周りにバクテリアや貝など水質浄化に役立つ生き物が集まる(水質浄化システムの構築)

また、鵜殿ヨシ原のヨシは、背が高く、太く、弾力に富むことから、雅楽の管楽器である篳篥(ひちりき)のリードに使われ、日本で唯一宮内庁に献上しています。実は、このエリアのヨシを守ることは、10世紀頃から皇室の保護下で伝承されてきた雅楽の伝統を守ることにもつながっているのです。

ユネスコ文化遺産であり、国の重要無形文化財である雅楽。

文具や石鹸では、ヨシの循環につながりづらかった。
その生育サイクルを守ることに大きな期待が寄せられるヨシ糸を完成させるまで、塩田さんはさまざまな挑戦を続けてきました。もともとはギャラリーや和紙の制作会社などに勤めており、2007年に独立し“和紙の灯りでカフェタイム”というテーマを掲げてギャラリー&カフェをオープン。地域コミュニティに入り込むことで、そのエリアに必要なことを少しずつ探っていきました。そんななか、鵜殿ヨシ原研究所の小山弘道さんと出会い、ヨシ紙の企画販売について依頼を受けます。そこで、和紙の産地ではない大阪でMADE IN OSAKAの和紙をつくることに心惹かれ、ヨシの加工にのめり込んでいきました。

アトリエMayで制作したヨシ紙を活用した照明、レターセット、ペン、石鹸、パッケージ。

「ヨシは一般的な和紙の素材ではないですが、和紙づくりに従事していたので繊維のことは一通り理解していました。そこで、ヨシ紙から始まり、照明、ボールペン、石鹸、お箸など…ヨシの繊維を使ったさまざまなモノづくりにトライしています。地元の素材ということもあり地元メディアに取り上げていただいたり、国内外の展示会、百貨店、アンテナショップ、自社ECなど多様な場所で展示・販売もしましたが、なかなか大量消費にはつながりませんでした。そのため、昔の葦簀や簾に代わるような、多くの人の生活に当たり前になじむ商品はなんだろうとずっと考えていました」

竹繊維のノウハウで、ヨシ繊維をつくる。
2020年春、救世主として現れたのが竹繊維研究所の藤井透さん(同志社大学名誉教授先端複合材料研究センター嘱託研究員 工学博士)と佐川永徳さん。竹繊維研究所は、地域資源を活用し循環させることを目指す合同会社で、同志社大学と共同開発した竹繊維やそれをもとに混紡糸をつくる特許を取得していました。

左からアトリエMay塩田真由美さん、竹繊維研究所 佐川永徳さん、工学博士 藤井透さん。

『ヨシ業界は、おなじイネ科の竹を扱っている方々とも何かと近い関係にあります。ある日、ヨシのお箸をつくる知人と情報交換するなかで、竹で繊維をつくれることを知り「それならヨシでも」と話が進んでいきました。大学の先生方が何年もかかってようやく開発された竹繊維の製造方法をヨシに転用することで、ヨシ30%綿70%のヨシ糸(混紡糸)の完成にこぎつけました』

ヨシ糸をつくる機械。アトリエMayは、竹繊維研究所とライセンス契約を結び、売上の一部を還元することでその機械と製造方法を使用している。

ヨシ糸“reed yarn®︎”を展示会でお披露目すると、これまでのヨシ商品の反応とはまるで違うものでした。アイデア次第で変幻自在に使える糸という素材、ファッション業界の方々が環境にやさしい素材を探している状況、抗菌・消臭機能付きの天然繊維、そしてSDGsが追い風となり非常に注目が集まりました。これまでのヨシ商品は、周年記念用など特別なモノとして依頼されることが多かったのですが、高い汎用性があるためごく普通の素材として流通することが見込めるようになりました。また、地域メディアだけではなく、繊研新聞や繊維新聞などの全国紙にも取り上げてもらえるようになったといいます。

第2回国際雑貨EXPO関西(2021年9、10月)。第2回国際雑貨EXPO関西(2021年9、10月)。

地域の高齢者に、新しい雇用を。
製造で、最も大変なのは繊維をほぐしていく工程。竹の機械をそのまま使用していることもあり、繊細なヨシをほぐす作業は人の手に頼らざる得ない状況です。現役世代だけでなく70.80代の方々にも手伝ってもらうと役割ができたことで喜んでもらえ、環境問題以外にも社会的な意義ができたと塩田さんは感じています。

『原価計算で一箱あたり10分かけるのが妥当だとわかり、「ひとつのカゴは、10分でほぐしてください」とお願いすると、そのスピードでクリアすることにやりがいを見いだし、それぞれに工夫して取り組んでくださっています。環境保全とはいえボランティアのヨシ刈りに限界を感じ、持続可能なビジネスを選んだ経緯があるので、想いを汲んでくださることは非常にありがたいですね』

水をたっぷり使える工場を探しているときも、使わなくなっていた地域活性化センターグリーンビレッジ交野の大浴場を地域の方に教えてもらったといいます。

「地域資源を使っているので、常にまわりの人を巻き込むようにしています。近江にちかいですし、三方よしの精神で。私ひとりだけ儲かる仕組みだとおもしろくないと思うんですよね。そうしていると、いろんな人が気にかけてくれて、次のステージまで準備してもらえるようになりました」

地域活性化センターグリーンビレッジ交野の大浴場。

いまは大阪万博に向け、スピードを上げて研究開発や生産体制を強化中です。製造時の残渣にも抗菌作用があり、うまくいけば繊維関係だけでなく化粧品にも転用することが可能といいます。今回、ヨシが当たり前の商品として生活に定着することができれば、世界中のヨシの活用・保全にまでつながり、日本発のサステナブル産業として海外に発信することも夢ではありません。

世界の環境保全にもつながる可能性がある画期的な商品は、もともとはカフェで地域の声に耳を傾け「自分の地域は自分で守る」という草の根運動からのスタート。一人の意志から始まったこの活動は、ドフトエフスキーが作品を通じて若者に伝えた「世界を変えようと思うなら、まず自分を変えよう」というメッセージを彷彿させます。


株式会社アトリエMay
工場所在地:大阪府交野市私市9-4−5 地域活性化研究センター内
URL        :https://www.art-may.jp/

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