あつまるホールディングス × 衰退した地域産業
地域にゆかりある産業を現代的に再興し、
世界のシルク産業拠点を目指す。
戦前に、日本の近代化を支えた養蚕業。ピーク時は、農家の約4割が養蚕農家というほどの盛り上がりを見せましたが、化学繊維の普及や海外との価格競争などから衰退し、現在日本の養蚕業は壊滅寸前とまでいわれています。一方、シルクの需要は世界的に増加傾向へ。今回、養蚕ゆかりの地・熊本県山鹿市に大規模な養蚕施設をつくり、県内外の人たちとともに世界のシルク産業拠点を目指す「あつまるホールディングス」の島田裕太さんにお話を伺いました。
きっかけは、研究者の講演。
「地域に貢献できる新しい仕事をつくりたい」と思いをめぐらせていた、あつまるホールディングスの島田俊郎社長(当時)。転機は2014年1月に聞いた「周年無菌養蚕システム」の講演でした。かつて熊本で盛んだった養蚕を復活できることや、自社事業の求人情報サービスのお客様の競合にならないことが決め手となり、新事業立ち上げへと動き出します。
同年5月に山鹿市長にシルク事業の想いを伝えたところ「ぜひ山鹿で」と背中を押してもらい、7月に農地確保、10月に農業生産法人設立、12月に山鹿市との協定調印式とトントン拍子にプロジェクトがすすみ、熊本県や山鹿市といった心強いパートナーとともに養蚕業の活性化を目指し始めます。
「当初は自社のゴルフ場を生かして、桑畑と工場を構想していましたが、カイコが無農薬の桑葉しか食べないことがわかり断念しました。そんなとき、20年以上使われていない、標高600メートルにある耕作放棄地とのご縁がありました。畑に農薬が残っておらず、高地なので周囲から農薬の影響も受けることもなく、願ってもないような土地が見つかりました。今回、25ヘクタールほどの耕作放棄地を活用することで山鹿市の耕作放棄地1/4を解消することにもつながっています」
工場着工の1週間前に熊本地震が起きたことで工事は半年遅れたものの、周年無菌養蚕システムの講演を聞いてから約3年半で、それを可能にする大規模工場が完成。工場と桑園で働く30名強の約8割が山鹿市出身者を採用し、過疎で廃校となった小学校跡地と耕作放棄地に地元雇用を生み出しました。
かつての名産地で、ジャパンシルクの復活を。
養蚕と聞くと群馬県の富岡製糸場をイメージする人が多いかもしれませんが、熊本県も細川藩が奨励したことを契機に養蚕業で栄えた土地。ピーク時の1930年代には6万8000軒もの養蚕農家がおり、海外に輸出していたほどでした。
全国的にみても、かつて世界一の生糸輸出国にもなるほど盛り上がりをみせた養蚕。ですが、和装需要の減退や安価で大量生産ができるナイロンの登場、価格の低迷などから養蚕農家や製糸工場が減少。いま世界的にシルクの需要は高まっていることにも関わらず、国内の蚕糸業は自然死に至りかねない危機的な状況に陥っています。同じように熊本県でも減少し、養蚕農家は山鹿市に2軒を残すだけになっています。
「熊本の養蚕を語るときに欠かせない人物として、江戸時代に肥後全域へ養蚕技術を広めた島己兮(しまいけい)と、明治時代に養蚕を近代化させた長野濬平(しゅんぺい)がいます。実は、ふたりとも山鹿出身。特に、長野濬平は「養蚕富国論」を掲げて、桑の品種改良のための養蚕試験所と県内初の製糸場を立ち上げ、輸出品にまでシルクの品質を高めた人で、今回の挑戦にとても親和性を感じます。この歴史ある土地で、現代の英知を生かしながら養蚕の新しい歴史をつくると思うと、背筋が伸びるような想いです」
世界に類を見ない、山鹿発のスマート養蚕業
新しいシルク蚕業構想「SILK on VALLEY YAMAGA」。appleやGoogle、facebookなどが集積するシリコンバレーを彷彿させるような名称には、世界のシルク産業拠点を目指すという強い決意が込められています。
プロジェクトメンバーは当初からサポートしていた熊本県や山鹿市、技術連携には国の研究機関や大学、ブランディングやマーケティングには国内トップ企業、そして地元の大学や地場企業など。県内外の人がともに学び、ともにシルク商品の魅力をつくり、ひいては熊本・山鹿の魅力をつくっていくような構成になっています。
なかには、2000年に世界で初めてカイコの遺伝子組換えに成功した農研機構も名を連ねており、世界的にみても最先端の挑戦に取り組めるメンバー。今回のプロジェクトでは、養蚕のネガティブな点を徹底的に見直しています。
養蚕で苦労する大きなポイントは、餌である桑葉の収穫時期が限られていること、そしてカイコが非常に繊細なこと。というのは、桑葉が5〜10月しか収穫できないため、一般的な養蚕農家は1年に3度しか繭を収穫することができませんでした。そのため、今回の工場には桑葉の加工や保管などができる人工飼料開発設備を内包。年間を通じて24回以上も繭の収穫ができるようになりました。
また、カイコは野生の蛾を数千年かけて家畜化した生き物で自力ではほとんど移動することができず1日に何度も桑葉を与える必要がありました。さらに、伝染病にかかりやすく、冬の寒さに弱いという特徴も。そのため、餌やりが25日に3回ほどで済む人工飼料を作製したり、半導体の生産工場と同じ清浄レベルかつ温度・湿度調整可能のクリーンルームにするなど、これまで養蚕で苦労した点を払拭し、世界のどこにもない全く新しい養蚕工場設備を生み出しました。
また、桑園は人が運転しながら桑を収穫する乗用型摘採機を導入し、1日に約1トンの桑葉を収穫。25ヘクタールをたった8名で管理しています。
繊維、美容、医療。期待が高まるカイコの可能性。
あつまるホールディングスでは、もともと「日本のシルクを復活させる」との想いでスタートしたこともあり繊維関係をメインに考えていました。ですが、他社と協働しながら進めていくうちに養蚕の多様な可能性を感じ、美容や医療などプロジェクトの幅を広げています。
美容に関しては、「やまがシルク」の保湿力が一般のシルクの約20倍※という特徴を生かし、自社商品「COKON LAB(ココン・ラボ)」の発売やメーカーへの素材提供をスタート。COKON LABでは、世界で一番厳しいといわれるヨーロッパのオーガニック基準をクリアしたボディケア商品を国内外で発売しています。製品化の段階で、山鹿の化粧品メーカーに協力してもらうことで、カイコの餌である桑葉から、化粧品の生産に至るまでAll made in YAMAGAの商品に仕上がっています。
※「やまがシルク」は、 天然保湿因子であるセリンの含有量が一般のシルクの約20倍高い可能性があることがわかっています。
「研究機関と協働することでわかったのですが、カイコは扱いやすく、人との親和性が非常に高い素材です。たとえば、遺伝子組換えで機能的なシルクがつくれますし、糸・シート・スポンジ・フィルム・パウダーなど形状も変幻自在。シルク自体は97%がたんぱく質で、人がもつアミノ酸を18種も含んでいます。そのため、人工血管や軟骨再生材料など再生医療分野での実用化に期待が集まっています。世界的にみても大量に安定的に高機能シルクがつくれる環境は他にはないので、その時は弊社の出番と思って着実に準備を進めています」
「地域に貢献できる新しい仕事をつくりたい」というひとりの想いから0ベースで始まったSILK on VALLEY YAMAGA。その想いを軸に、土地にゆかりのあるユニークな大規模桑園や生産工場をつくることで耕作放棄地の解消や雇用を創出し、地域資源を生かした新たな付加価値を生み出す6次産業へと発展してきました。このプロジェクトはそれだけにとどまらず、異業種からの養蚕業界への参入というネガティブともとれる特徴を生かして、県内外の知恵を集結させるようなネットワークを構築し、世界に誇れる山鹿ブランドをつくるという大きなうねりを生み出しています。