浜口水産 × 低価格の魚
消費者・流通・事業者の協業で、
ソーシャルグッドな定番品を。
絶好の漁場と評される五島列島は、四季折々に多様な魚が楽しめます。なかには、市場で安値がつけられる「未利用魚」というものも。これは、いま問題視される水産資源の減少や、漁業者の担い手不足にも関連が深いことから、消費者・流通・事業者などがタッグを組み、付加価値を上げる商品づくりに挑戦しました。それぞれの知見とビッグデータを生かしたユニークな取り組みを、事業者として参加した「浜口水産」濱口貴幸さんに伺いました。
未利用魚とは?
地形的要因から全国屈指の魚種と漁獲高を誇る五島列島は、昔から漁業や水産加工業などで栄えてきました。その裏で、独特の香りやマイナーな魚種、漁獲量過多あるいはロットに満たないなどの理由から、市場では価値が低い「未利用魚」というものが存在しています。それは、輸送費がかかる都市への販売が難しいどころか、地元で売買されることすら難しい魚。さまざまな水産業の問題に波及することからTカードの社会価値創造プロジェクト「Tカードみんなのソーシャルプロジェクト※」第三弾の活動として「五島の魚プロジェクト」が立ち上がります。
※ Tカードで得られた年間約50億件の購買データなどを使って、地域活性化につなげるプロジェクト。
メンバーは、東京と五島の消費者・流通・事業者。
プロジェクトを構成するのは、Tカードのライフスタイルデータをもとに選出された魚好きで食にこだわりのある12名、関東近郊のスーパーマーケットチェーン、多様なフィールドで活躍する森枝幹シェフ、そして地元五島の漁師と浜口水産。これに、7,000万人超の会員を擁するTカードのビッグデータを活用し、一過性ではなく定番化する商品を目指してアイデアを出し合っていきました。
「うちが参加できたのは、魚の仕入れから蒲鉾づくりまで一貫して行えるからだと思います。というのは、蒲鉾づくりは“魚をすり身にする加工会社”と、“すり身から蒲鉾をつくるいわゆる蒲鉾屋”と分業しているのが一般的。うちは漁師がルーツということもあり五島の魚にこだわっていて、魚選びから商品製造まで融通が利きます。未利用魚の問題が解決しづらいのは、水産加工業の構造も多少は関係しているのかもしれません」
リアルな実感とビッグデータから、持久力のある商品を。
商品開発セッションで生まれたプロトタイプは、すり身入りのカレーパンやミートソース風パスタ、ハーブとスパイスが効いたサルシッチャ※など6種。試食会で、味はもちろん競合が少なく高価格帯で売れることから満場一致でサルシッチャに決定。“お酒に合うおつまみ”をテーマにターゲットをプレミアムビールユーザーに設定し、Tカードのビッグデータから好みを抽出していきました。
「ビックデータから、プレミアムビールユーザーは“無添加”“国産”を重視することがわかり、うちの商品にピッタリと安心しました。私自身は、前々からスパイスの効いた商品をつくりたいと思っていたので、良い経験になると感じましたね。ただやってみると、五島にはスパイスを使った料理がほとんどないのでゴールが見えず苦戦しました。つくって送って、シェフや流通のみなさんと話して、またつくる。これを半年繰り返し、ようやく完成させることができました。味が決まってから販売スケジュールをつめていく進め方はありがたかったですね」
※サルシッチャとは、イタリア語で腸詰め。肉やハーブを、腸詰めにした状態のもので、ソーセージとは異なる。
未利用魚を使った商品を、20年前から。
実は、未利用魚といってもまったく売れないわけではなく、五島では雑魚(ざつぎょ)と呼ばれ魚市場で1キロ5円ほどで販売されていました。浜口水産ではそれを使った加工品を20年以上前から製造しています。
「雑魚は氷で冷やすまでもない値段のため、定置網にかかってもそのまま海に戻す漁師が多かったのです。それで、漁師のお小遣いの足しになればと思い「1キロ40円を下回るようだったら、うちに持ってきて」というと次第に魚が集まるようになりました。“ブダイの天ぷら”のように魚種を全面に出すと、知名度が低くお客さんも手に取りづらいので、一部の商品にブレンドして製造していました」
今では高値になったマトウダイやコチ、ヤガラなども昔は雑魚扱いでしたが、今回「五島のフィッシュハム」に使かったブダイはずっと市場価格が低いままでした。その理由は、お腹に海藻が残っていることで移送中にどんどんニオイがきつくなることから。獲ってすぐ加工することが、価値を下げない有効な手段といいます。
また、「磯焼け」という火事にあったように豊かな藻場が急に衰退もしくは消失する現象も、以前から問題になっていました。海藻は、魚の生息地や産卵場、水質浄化などの役割もあるため、海藻を食べる魚が増えすぎないようにすることはサスティナブルな漁場をつくることにもつながります。
今回のプロジェクトで、未利用魚の認知度アップに。
「五島のフィッシュハム」は、2019年11月の販売から25,000枚もの売り上げを達成しています(2021年8月時点)。スーパーのおつまみコーナーで展開し、話題のキーワードと流通させることでメディアの掲載回数も増加。その度に販売数を伸ばしています。また、メディアを見た企業から、浜口水産に未利用魚での協働オファーがくるようになり社会問題の認知拡大につながりました。浜口水産自身も、今回のノウハウを生かしハーブとスパイスを使った未利用魚の新商品開発へ意欲を燃やしています。
「ハーブとスパイスは五島では馴染みがないこともあり、実はどの試作品も社内ではいい評価が得られませんでした。シェフや流通のみなさんとつくったことで、味のゴールが掴めた気がします。今回使ったブダイは旬があり漁獲量が限られているので、他の魚でも臭み消しとして積極的に活用していきたいですね」
ふだんは協業することのない東京の生活者・小売・シェフ、地元五島の事業者がさまざまな知恵と技術、さらにビッグデータを集結させることで、海の恵みを守る現実的な方法を生み出した「五島の魚プロジェクト」。商品だけではなくビジネスモデルそのものも、サスティナブルな漁業の定番となりそうです。