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いろどり × 里山資源 × 高齢者

高齢者の魅力を生かし、
“主体的に働ける”という福祉を。

世界に類をみないスピードで進む日本の少子高齢化。それに伴い医療費や介護費が増え、現役世代の負担が深刻な問題になっています。一方、地域資源とそこで暮らす高齢者の知恵を存分に生かす“葉っぱビジネス”を1987年にスタートさせた徳島県上勝町では、仕事に生きがいを感じる高齢者が増えたことで医療費が減少しています。葉っぱビジネスを起こした「いろどり」の横石知二さんに、これまでの経緯と今後の展望を伺いました。


2025年、国民の4人に1人が後期高齢者へ。

厚生労働省によると、日本人の生涯医療費は約2,700万円。うち約5割が70歳以降にかかるというデータが出ています※1。日本の医療費は毎年1兆円を超えるペースで増加しているといわれており、現役世代が高齢者医療を支える構造に限界が見えはじめているのと同時に、死ぬまで働かなければ生きていけない“老後レス社会の到来”と悲観的に捉えられることが増えてきています。

厚生労働省「生涯医療費(男女別)(平成30年度推計)」 https://www.mhlw.go.jp/content/shougai_h30.pdf   (最終閲覧 2022/1/24)

人口約1,500人のうち65歳以上の高齢者が53%※2という課題先進地域の徳島県上勝町は、後期高齢者の一人あたりの医療費は県平均より少ない。その秘訣は、高齢者もいきいきと働ける仕事にあり、徳島大学医学部の調査※3では働くことが主観的幸福感に大きな影響を及ぼしているという結果が出ています。

なかには「世界中探したってこんな楽しい仕事はないでよ」「(デイサービスの誘いに)忙しけん行けんのよ、注文来とるけんな」と笑顔で話す人や、入院しても「また仕事がしたい」と希望を持って退院する人、体が不自由になってもリハビリと称して働く人すらいる。まさに、生きがい以外の何物でもない。

その仕事とは、日本料理を美しく彩る葉っぱや花を販売するビジネス、通称・葉っぱビジネス。1986年にスタートした葉っぱビジネスの立役者である横石さんは「どんな人でも、居場所と出番と役割が必要」「それぞれが主役。朝起きたときにすることがあるというのが大きなこと」という持論を持って36年もの間、上勝町の高齢者をリードしてきました。

いろどりでは、年間300種ほどのつまものを取り扱っている。

よそ者扱いされる町で、人を知り、実績を積んでいく。

そもそも徳島市出身の横石さんが上勝町で働くようになったのは、1979年の新卒採用で農協(現・JA東とくしま勝浦支所)の営農指導員に採用されたことから。当時の上勝町はみかん・林業・建設業が斜陽産業となり、雨が降ると朝から一升瓶を提げて役場や農協に集まり愚痴をいうのが日常的。どうにか稼げる仕事をつくりたいとの想いから、町の集会で真正面からさまざまな提案をするも横石さんはよそ者扱いで何も意見を聞いてもらえない日々が続いたといいます。

翌々年にマイナス16度の大寒波でみかんが全滅したことをきっかけに、横石さんは短期間で収穫できる高冷地野菜などの生産を提案し、市場に運んでは販売しコツコツと実績を積んでいきます。同時に、男性メインの集会と飲み会に参加しては彼らの家に泊めてもらい、それぞれの性格や家族の雰囲気を知ることに尽力していきました。家に入れてもらうことで、会議に出てこない女性たちが夫の指示を几帳面にこなす姿が目に留まり、「女性が遠慮せずに外へ出られる仕事はないだろうか」と考えるように。そして、1986年に大阪の寿司屋で、料理に添えられていた赤い紅葉を見て「かわいい」「持って帰ろう」とはしゃぐ女性たちに遭遇します。軽くて、きれいで、年中とれる。町の女性たちの几帳面さと86%が山林という里山資源も生かせ、お客さんにも喜んでもらえる、いいことづくしの“つまもの”に目をつけます。

4人の協力者から、190軒の農家へ。

すごいアイデアと興奮しながら、町の人に提案すると大反対。町を変えることに抵抗する田舎特有の性質もあり、「葉っぱを売ってまでお金を稼ぎたくない」「葉っぱをお金に換えるのは狸や狐のおとぎ話だ」と笑われ、全員に否定されてしまいます。これまでの横石さんの実績をそばで見てきた4人がなんとか協力してくれたものの、初年度はほとんど売れませんでした。そこで、出張のたびに自腹で料亭に通い、実際にどう使われているかを研究。青果市場に各料亭の需要を伝えて、売れるルートを自らつくることで、大きく販売数を伸ばしていきます。売れることが分かるとプライドの高い町の人たちも、じわりじわりと葉っぱビジネスに参加してくれるようになりました。

「銀座 百楽」で使用されているつまもの。店長には、幅広い季節感が出せ、料理の質が向上したと絶賛されている。

『実際にやってみると、手際が良く、山の自然やノウハウを知っているおばあちゃんたちに葉っぱビジネスはもってこいでした。「ホウ葉の木は、平らなところに植えたらいかん」「台風シーズンに備えて、倉庫の隙間に植え直したよ」「ここは風通りがいいけん、葉っぱの色が良くなる」など先祖代々受け継いできた土地にくわしく、新しい植物を育てる際も応用が利きますね。本当によく知っています』(横石さん)

まさに、町に当たり前にあるものを生かした副産物。また、横石さんが大事にしているのは強引なやり方ではなく、一人ひとりについて勉強し、個性を生かし持ち上げていくこと。そのため、「みんな」という言葉は使わない。それぞれに得意なことに挑戦してもらい、一つひとつの成功が自信につながるよう、ともに笑いともに喜ぶことを続けてきました。最初の2年に人を深く知ることに尽力してきたことがボディブローのように効いてきて、葉っぱビジネスへの理解が家族から集落、そして町全体に広がり、年収1,000万円を超える人も出てきます。

<農家・いろどり・農協の役割>

事業者 役割
農家 営農戦略・栽培管理(商品を農協に出荷する)
いろどり 市場分析・営業活動・システム運営
農協 受注・精算・流通(商品を全国発送する)

 

IT化で、売れる仕組みをつくる。

人とのコミュニケーション以外で横石さんがこだわっているのは「葉っぱはキュウリやナスと違って、食べられない。だからこそ、“必要なものを必要なところに必要な量を送ること”が他の商品以上に大切」ということ。

当初は防災無線のスピーカー、防災無線FAXなどで注文に関する情報を流していましたが、1998年からは横石さんが東京で見たコンビニのPOSシステムを導入。当時は、役場の課に一つずつブラウン管のパソコンがあるくらいだったので、高齢者が使えるなんて夢物語。ただ、横石さんはそれぞれの性格を掴んでいたので絶対使えるという確信があり、通商産業省(現・経済産業省)の「地域総合情報化支援システム整備事業」に応募。実証実験として1億600万円が割り当てられ、売上金額が多い農家から順にパソコンを40台設置していきます。これはのちの、県全域の光ブロードバンド実現と、IT企業のサテライトオフィス増加につながっているといっても過言ではない施策だから驚きです。

丁寧にパック詰めされた梅の花。

ツボをつく情報と、ゲームのような仕組み。

最初はスイッチを入れるのも怖いといっていたおばあちゃんたちも、売上に関わる情報が流れてくると分かると毎日パソコンを見るのがおもしろいと使いこなせるように。出荷前日の19時、当日の8時と10時の3回、受注のチャンスがあり、出荷したい人は1分前からスタンバイし、早押しクイズのような感覚で注文取りに奮闘している。パソコンとスマホの2台体制で備える猛者もおり、好きなアイドルやアーティストのチケットを取る若者のような気迫があるといいます。また、注文が取れたら「○」取れなかったら「×」とシンプルな結果が画面に出てくる。この明快で使いやすい仕組みは、横石さんが日常会話のなかでシステムについてヒヤリングをしながら随時更新していった賜物です。

導入当時は携帯電話を持ったことがなかったが、今ではパソコンやタブレットで台風情報を検索し、自らの身や農作物の管理をすることにも役立てている。

このビジネスが長年続いてきたのはゲーム性に加え、田舎特有のプライドの高さを逆手に取って売上ランキングを伝えることで闘志に火をつけ、横石さんが毎日手描きのメッセージをアップすることで、モチベーションを保って働けるように工夫したから。さらに、国内外のメディアに掲載されたり、町の人口を超える視察者が訪れたことも、仕事に対する自信と誇りにつながっています。

そしてモチベーションが上がり主体的に働くことが、老化防止につながっている。たとえば、注文内容は当日まで分からないため彩システムからリリースされる情報(市場動向やニーズ、料亭での利用写真、クレームのフィードバックなど)やニュースで注文予想を習慣的に考えるようになる。葉っぱの品質や大きさを丁寧にそろえて指先を使うことで認知症予防になり、畑作業で足腰を使うことで寝たきり予防につながっている。また、働くことで生活リズムを維持しやすく、健康維持につながっているというデータもあるといいます。

横石さんが毎日農家の方へ送るイラスト付きメッセージ。町の人はラブレターと呼んでいる。左はFAX時代、右は現在のパソコンver.。

「私は生きがいになる仕事があることを“産業福祉”と呼んでおり、福祉はしてあげることでも、いたわることでもないと考えています。お年寄りだからこそできる仕事を生み出し、稼ぐことで人も町も元気になれば、それこそが福祉になっているのではないでしょうか。ただ、上勝町のおばあちゃんたちは稼げると分かると本当に頑張る。ゴミも栄養ドリンクが多いですからね。これからもっとブランド力や商品価値を上げて、いまより労働時間を減らしていければと考えています」(横石さん)

ある研究者は「障がいのある人たちと関わるなかで、手を貸すことが必ずしも彼らのためになっていないことがあると感じていた」と話しており、だれかのため、特に弱者と呼ばれる人に向けた善意は、ときに役割を押しつけ尊厳を奪ってしまう危うさがある。上勝町のおばあちゃんたちが持っている山の知識、根気強さ、丁寧さ、負けず嫌いなどが生きる場面をつくった横石さんは、相手を知ることが基盤にあり、その上でカテゴライズされた役割に捉われることなく仕事を生み出したことに成功要因があるように感じます。

横石さんとおばあちゃんたちの関係は、全国大会に毎年出場する部活動の先生と生徒のようで、彼女たちのそばで「気」を送りながら、常に魅力を引き上げています。今後は下の世代も育て、歳を取ってもいきいきと働ける町を維持できるよう尽力する日々が続いていきそうです。

※1 厚生労働省 「生涯医療費(男女別)(平成30年度推計)」 https://www.mhlw.go.jp/content/shougai_h30.pdf  (最終閲覧 2022/1/24)
※2 上勝町「
人口状況(住民基本台帳)令和2年度」http://www.kamikatsu.jp/docs/2011012800173/ (最終閲覧 2022/1/24)
※3 徳島大学医学部の多田敏子教授(地域看護学)と指導学生による研究チームによる調査。2006年秋に「彩」農家にアンケートをした中から50人分の答えを分析。


株式会社いろどり
所在地    :徳島県勝浦郡上勝町大字福原字平間71-5
URL        :https://irodori.co.jp/

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