見谷陶器 × 火山灰
火山灰の特性を、潜在ニーズに昇華する。
鹿児島のシンボルである桜島は、いまも噴火を繰り返す活火山。地元のニュース番組では天気予報だけでなく降灰予報も伝えられています。ピークだった1986年の2,270万トンより降灰量は減少したものの、いまも月10万トンの降灰※がめずらしくない状況です。廃棄する埋立地にも限りがあり、その利活用に少しでも貢献できればとの想いから商品化に取り組んだ「見谷陶器」の夫馬悠希さんにお話を伺いました。
桜島の火山灰は、どこにいく?
およそ13,000年前にできた桜島は、消長を繰り返しながらいまも噴煙を上げ続けています。道路の路側線が見えづらくなったり、巻き上がる降灰で通行に支障が出ると、路面清掃車(ロードスイーパー)で収集。庭や玄関前の火山灰は、生活者が専用のゴミ袋“克灰袋”にまとめ、降灰指定置場へ捨てています。道路の灰はダンプトラックで土砂処分場へ、宅地の灰は産業廃棄物処理場へ運ばれ、そのほとんどが利活用されていません。
火山灰の機能を、生活者の潜在ニーズに落とし込む。
こうした問題に目をつけたのが、美濃焼を国内外に販売する見谷陶器。食器や人形、洗面器や浴槽などあらゆるものを陶器でつくる産地の特徴や、チャレンジ精神旺盛な社風、鹿児島に縁のある職人がいたことが重なり、新商品開発に挑戦します。
「溶岩も火山灰も、元々はマグマです。にも関わらず溶岩の調理プレートは広く流通している一方で、火山灰の調理プレートはほぼ皆無でした。美濃が他の産地とくらべて火山灰との相性がいいという訳でもないのですが、火山灰を熟知している職人が鹿児島に何度も足を運び、遠赤外線効果や蓄熱効果などにフォーカスした調理プレートをつくっていきました」(夫馬さん)
社内のプロジェクトメンバーを中心に技術的なことだけでなく、機能を生かした使用シーンを繰り返し話し合い、ときには、社内のキャンプ好きや外食・カフェ好きなどにアンケートを取り、ある意味全社員で複眼的にアイデアを出していきました。また、日用雑器の産地ということから気軽に使ってもらえるよう、コストを抑える製造方法にもこだわっています。
1年間の試行錯誤の末に、遠赤外線効果や蓄熱効果を兼ね備えた直火調理OKの「火山灰プレートHAI」が完成します。表面をすばやく焼き固める遠赤外線効果で、素材の旨味を閉じ込めお肉は柔らかくジューシー。余熱調理ができる蓄熱効果から、ホットケーキはふっくら仕上がり、冷めやすいピザのチーズもとろける食感が持続します。
低温でもしっかり焼けるので、BBQや焼肉などで煙が出にくく衣類や髪にニオイがつきにくいという特徴も。コロナ下でおうち時間の楽しみ方を模索していた人が多いなか、カフェやレストランのようにジュージューと音を立てながら食卓で料理を味わえたり、コンパクトなプレートでいつでも気軽にキャンプ体験ができたりと、調理やそれに付随するニーズ、生活者の気分にとことん寄り添うものに仕上げました。
クラウドファンディングで「火山灰プレートHAI」のある暮らしを提案するとわずか1時間ほどで目標金額になり、最終的に2060%を達成。ECサイトは多いときに1日1,000枚以上の注文があり、生産が追いつかず販売を一時ストップするほどのヒット商品になりました。
<使用者の感想>
・パンケーキが中までじっくり焼ける。焦げもなく、ふわふわのまま食べられる。
・コンビニのピザが、本格的なピザに焼き上がった。
・BBQで串が焦げてモモ肉をうまく焼けなかったけど、火山灰プレートではうまく焼けた。
・ウインナーは中までしっかり焼けて、皮のパリッとした食感が目立つ。
・安いお肉が、高級なお肉のように焼けた。
・ホットプレートより、お好み焼きが速く焼けた。 など
現在も商品のブラッシュアップを続けており、社外のキャンパーや料理愛好家にアンバサダーになってもらい、新しい楽しみ方を社内外の人とともに模索しています。ヒット商品をさらに進化させる流れをつくれたのは、社員の好奇心や探究心、共に育む姿勢から。さまざまな人の価値観を許容する社内カルチャーの賜物といえます。
ヒット商品が媒体となり、社会問題を広く伝える。
また、火山灰のストーリーから商品に惹かれた人もおり、鹿児島出身者から「火山灰がこんなふうに利用できるんだ」と感動され、プロジェクトをきっかけに鹿児島の現状を知った人も存在しました。
「ニュース性と機能性を兼ね備えた商品をつくると、こんなにも反響があるんだと驚きましたし、私自身も社会問題に役に立てたような気がしてうれしかったです。取り扱っている商材が食器ということもあり、再利用できる素材を探していくことは非常に難しいですが、このような商品がまたつくれるよう未利用資源などを勉強していきたいと思っています」(夫馬さん)
飛鳥時代から陶器というフィルターを通して生活を見つめてきた美濃焼の産地で、プロジェクトメンバーが実際に使いながら商品理解を深め、さまざまな人たちと暮らしが豊かになる使い方を研究し尽くしたことがヒットにつながったと考えられます。国内外で活躍したプロダクトデザイナーが「料理をしない人は、デザイナーじゃない」と断言していましたが、見谷陶器の社員が暮らしを思い思いに充実させて、生活者としての感度を磨いていたからこそ生まれた商品でしょう。そして、本当に暮らしに役立つものは、社会問題を伝えるメディアにもなることを教えてくれるお手本のようなプロダクトです。
※ 福岡管区気象台 地域火山監視・警報センター 鹿児島地方気象台「桜島の火山活動解説資料(令和3年3月)」https://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/monthly_v-act_doc/fukuoka/21m03/506_21m03.pdf (最終閲覧 2022/1/31)