ながよ光彩会 × 地域住民の得意と悩み
地域住民の得意と悩みを入り口に福祉をまちに開いてく。
介護施設は全国に約40,000施設※1も存在するが、身近な人が入居していないと足を踏み入れることはほとんどない。まるで見えない境界線があるような空間だが、長崎県・長与町にある介護施設の一角は、入居者と関係がない大人も子供も気軽に訪れ、非常に賑わいをみせている。介護職員や入居者、まちの人の得意と悩みに注目し、新しい福祉のあり方を模索する「社会福祉法人ながよ光彩会(wagayo group)」の想いに迫った。
だれもが気軽に訪れる介護施設とは?
長崎県・長与町は、人口約41,000人※2を擁する長崎市のベッドタウン。みかん栽培が盛んで、自然と暮らしが調和する住み心地のいいまちに ながよ光彩会を含むwagayoグループ※3は3つの介護施設を運営している。そのうちのグループホーム1階に、年齢や職業・立場も異なるさまざまな人が足を運んでいる。
それは「地域のみんなのための“まちのリビング”」をコンセプトに掲げる「みんなのまなびば み館(以下、み館)」。公民館や小学校のすぐそばにあり、年齢や職業に関わらずだれもが先生にも生徒にもなれる学び場だ。
福祉施設がなぜ?と思うかもしれないが、ながよ光彩会で理事長を務める貞松徹氏は以前から福祉施設とまちが日常的に交流する場をつくりたいと考えていた。ずっと悩んでいた際に、友人宅を訪れるような気軽な場からゆるやかに福祉施設へ誘うアイデアが浮かび、介護施設の1階に自社運営のコミュニティスペースをつくった。
コアターゲットは、ごく限られた人。
実は、2020年に み館 が誕生する前、外部から講師を招くスタイルで「ひととまちとくらしの学校」を始めていた。ただ、学校の専任職員はいないため、本職との並走は容易ではなかった。そこで2020年から大きく舵を切り、だれもが先生にも生徒にもなれる場にシフト。その際フォーカスしたのが、職員とその家族、入居者だった。どういうことかというと彼らの悩みや仕事のやりがい、生きがいに主眼を置いた学び場へと方向転換したのだ。そうすることで、まちの人と福祉のポジティブな出会いを狙った。
ターゲットをここに絞った理由は他にもある。ながよ光彩会には、外国籍や片親家庭、障がいをもつ人などマイノリティな職員が比較的多い。そして、貞松氏は常々、海を越えた遠い国の社会課題よりも、手に届くような身近な社会課題にしっかりと向き合いたいと考えていた。つまり、職員一人ひとりの悩みに丁寧に寄り添うことが、まちで暮らす多様な人のニーズを深く捉えることになる。結果的にさまざまな人と福祉を結びつける活動に発展しやすく、文字通り「地域のみんなのための“まちのリビング”」の具現化につながっていく。
謙遜のまちで、多様な人に先生になってもらうには?
では、どうやって多様な人に先生になってもらっているのだろう。JR長与駅では利用者が駅員にみかんをおすそ分けする光景を見かけることもあり、人になにかを差し出すことは厭わない町民が多いものの、謙遜文化で「先生をやってください」との投げかけにはなかなか応えてくれない。そうした町民性を踏まえ、相談ベースで先生を依頼している。また、貞松氏は「介護じゃなかったら、どんな仕事をしてみたい?」と職員に問いかけ、彼らのニーズに応えるような先生を集めている。具体的なターゲットがいることで、あの人はどうやったら喜んでくれるだろうかと教室も組み立てやすい。施設外の人も、「初めてのせんせいきょうしつ」を受講し、コンセプトを理解してもらった上であれば、だれもが先生になることができる。
たとえば花屋に興味がある職員をメインターゲットにいけばな教室を開いた際、いけばなが得意な入居者に先生になってもらった。口説き文句は「職員が上手に花を生ける方法がわからないから、教えてください」。すると、スッとメガネを取り出し、先生モードに変わったという。これが「いけばなの先生になってください」だと、「私なんて」となってしまう。また、世の中にいる大多数の人がだれかに頼る・頼られることをもって自立・共立している。介護職は人の自立をサポートする仕事ではあるが、教室づくりを通じてほどよく人に頼る・相談する・求める経験を重ねることは、介護人としてのスキルアップにつながっているのかもしれない。
発達障がいの高校生も、先生として活躍している。実は、職員の家族だ。大人を圧倒するほどの専門知識を魅力と感じ、貞松氏は「それ、うちの子にも教えて」と職員を介して伝えた。すると、好きなことを思う存分シェアできる経験に興味を持ち、先生に挑戦。大盛況で、いまでは み館を代表する教室に成長している。わが子がたくさんの人に応援される姿を見た職員は「涙を流してよろこぶ参加者を目の当たりにして、自分自身の常識が180°変わった。初めて息子のことを褒めてあげたいと思えた」と貞松氏に胸のうちを伝えている。
これは、貞松氏が「課題を引き起こす背景には、なにが隠れているんだろう」と考える習慣、そして「職員の不安や困りごと、ひいては家庭環境まで把握しておかないと会社はうまくいかない」という信条が教室として表現されたものだろう。
アンケートではこぼれ落ちる、小さな悩みも教室に。
東京でシステムエンジニアをしていた職員は、「電源を入れるところからのパソコン・スマホきょうしつ」を定期開催している。これは、グループ内で電子カルテ(スマホやタブレット利用)を導入したタイミングでスタート。徹底的にサポートし、年配者が置いていかれがちな電子マネー決済やポイント利用の練習にもつなげた。テレビCMで「マイナンバーカードでマイナポイントがもらえる」のようなことを聞くが、理解できなくても役所に質問する人はおそらくいない。み館では、何気ない会話のなかで出てくる小さな悩みを集め、応えることにも尽力している。
職員の働きやすさが、向上。
身近な人がしあわせになることをベースにした学校づくりは、日常的な働きやすさにもつながっている。たとえば、認知症の家族や小学生の子をもつ職員への臨機応変なサポートを現場レベルで判断できるようになった。み館 開設時は貞松氏のビジョンが共有できておらず教室づくりに細かいアドバイスをしていたが、1年経過した頃から職員がおなじ方向に進んでいる実感が持てるようになったという。
働きやすくなったことで、2014年の法人設立時に40%だった離職率は、2021年に6%まで減少。その6%も、家庭の事情でやむを得ず退職した職員だ。彼らが後任者を紹介してくれ、採用が難しいといわれるご時世にも関わらず4年間求人を出していない。
また、教室に参加したまちの人は、お手製の椅子用クッションを持ってきてくれたり、野菜をおすそ分けしてくれたりと、個人と法人のご近所づきあいへと発展。最近は、県内外から注目を集め、行政から相談を受けることも増えている。
歴史をさかのぼると、14世紀ごろの日本で「福祉」は幸福を意味していたという。漢字の「福」「祉」はどちらも「しあわせ」を意味し、英訳した「welfare」は「wel=よく」「fare=生きる」の造語だ。いまは、弱者をサポートするような「社会福祉」の意味で使われることが多いが、さまざまな人が安心してしあわせに暮らすことも福祉の意味に含まれる。「目の前の人がしあわせじゃなかったら、世界全体のしあわせはあり得ない」と貞松氏はいう。ながよ光彩会は、これからも身近な人のしあわせを起点に、常識にとらわれない新しい福祉のあり方を模索し続けていく。
※1 厚生労働省「令和2年 介護サービス施設・事業所調査の概況」
介護サービスの事業所数は、通所介護が 24,087 事業所。地域密着型サービス事業所は定期巡回・随時対応型訪問介護看護が 1,099 事業所、複合型サービス(看護小規模多機能 型居宅介護)が 711 事業所。 介護保険施設は、介護老人福祉施設が 8,306 施設、介護老人保健施設が 4,304 施設、介護医療院が 536 施設、介護療養型医療施設が 556 施設となっている。居宅サービス事業所では訪問介護が 35,075 事業所、訪問看護ステーションが 12,393 事業所は、カウントしていない。
※2 令和2年の人口。長与町役場「令和3年度統計ながよ」
※3 wagayo groupは3法人、3施設(4拠点)の運営を行なっている。 wagayoグループのひとつである ながよ光彩会が運営するのは「特別養護老人ホームかがやき」と「みんなのまなびば み館」の2つの拠点。
社会福祉法人ながよ光彩会(wagayoグループ)
所在地 :長崎県西彼杵郡長与町嬉里郷592-1-1F
サイト :https://mi-kan.jp