ウニノミクス × 可食部のないウニ
海藻を食い荒らすウニを駆除し高級食材に変える。
「海の砂漠化」ともいわれる磯焼けが、世界中で深刻化している。まるで山火事が起きたかのように海藻が減少・消失することで、生き物のすみかや産卵場、CO2の吸収量までもが減少してしまう。大量に繁殖して海藻を食い荒らすウニに注目し、磯焼け対策と漁師の安定収入、地域の特産品づくりに取り組むことで新しい循環型社会づくりに挑み続ける「ウニノミクス」のストーリーを聞いた。
採っても、ほとんどお金にならない空っぽのウニ。
磯焼けを引き起こすほどウニが大量発生した原因は、もとを辿れば海水温の上昇や魚の乱獲など環境変化だといわれている。強靭な生命力をもつウニは、中身が空でも生き続け、しっかりと身入りした市場価値のあるウニを採るのはダイヤモンドの原石を見つけるほど難しい。漁業者の高齢化も重なりウニを採る人は減少し、補助金でウニを除去する地域は決してめずらしいことではない。ただ、補助金だと交付が終われば事業も終了。ウニ駆除を継続させるため、ウニノミクスでは可食部のないウニを地元漁師から買い取り、畜養※1・販売するという世界初のビジネスを成功させている。
起業のきっかけは、東日本大震災。
ウニノミクス誕生は、震災被害を受けた宮城の漁業者と武田ブライアン剛氏(現・ウニノミクス代表)が出会ったことに端を発している。2012年に宮城の漁業者が、世界トップクラスの養殖技術があるノルウェーを視察した際、受け入れ側に水産分野とイノベーション分野へ横断的に関わっていた武田氏がおり、東北沿岸地域は陸だけでなく海も壊滅的な状況にあることを知る。宮城では、カニやヒトデなど稚ウニの捕食種も津波で流され、以前の約7倍までウニが繁殖したことで磯焼けが急速に進んでいた。その後、武田氏は磯焼けは東北だけでなく世界的な問題であることも知り、ノルウェーの水産研究所で開発された技術を使い、ウニノミクスにつながる活動をスタートさせる。
持続可能なビジネスを実現させるために。
長期的に海の生態系を回復させていくため、ウニノミクスでは畜養ウニを高級食材に育て上げることにこだわっている。漁業関係者や美食家たちにも愛されるよう、ウニノミクスが注目したのはウニの名産地である北海道。「ウニは本当になんでも食べて、それが私たちの食卓にあがるウニの味や色にダイレクトに反映されます。そのため、北海道のウニが利尻昆布や羅臼昆布など評価の高い昆布の産地で育っていることをヒントに、エサの主原料は昆布にしました。そこから、ウニの味・色・形のすべてが良質になるよう20〜30回ほど試作しています」と事業開発の山本雄万氏は話す。
ノルウェー国立水産研究所の20-35年分の研究技術を受け継ぎ、ホルモン剤や抗生物質等を使うことなく、身の詰まったウニを2ヶ月で出荷できる仕組みを構築。ビジネスとして継続するために、短期間で身入りのいいウニに育てることも注力した。また、エサの原材料が磯焼けのもとにならないよう、食用昆布の切れ端を有効活用している。さまざまな努力もあり、現在は東京の三つ星レストランでも好評を得ている。
また、畜養を行なっているのは陸。漁業も農業のように自然環境に収穫高が左右されるがその影響を受けることなく、海が荒れても出荷できる畜養システムをノルウェーやオランダの研究技術を生かしながら完成させた。閉鎖循環式にしたことで、育ちやすい水温やエサ、クリーンな水質などを安定的に管理。ウニの生育環境とともに、海を汚さないことにも配慮している。
ウニに特化した畜養システムの副産物
このシステムを使うことで国内外のさまざまな品種や生息海域のウニでも約2ヶ月で出荷でき、旬だけでなく年中ウニが食べられるように。大規模に展開できれば、世界的な日本食や寿司ブームから起きているウニの供給不足にも貢献できる。令和4年1〜4月のウニの輸入額は61億円を上回るが※2、自国でウニの生産量が増えれば国内消費だけでなく輸出に回すことも夢じゃない。
2019年3月からは、大分県国東市の漁業者とともに世界で初めて商業規模のウニの畜養会社「大分うにファーム」を設立。2021年には年間生産能力18トンの商業生産施設が完工し、本格的な出荷を開始した。22年には山口県長門市の企業とのウニ畜養事業化が正式に決まった。
「やはり地域に技術を根付かせるのは大変で、地元の人たちにご協力いただくことでこの事業が成り立っています。ウニノミクスのノウハウを惜しみなくお伝えしながら、第3、第4の拠点を地域の方と一緒につくっていければと考えています」と山本氏。
多くの人は森林が火事なると異常だと気づくが、海の場合は漁業関係者やダイバーなどではない限り気づきにくい。そもそも正常な状態すらわからない人がほとんどだ。磯焼け解決に向けて大きなハードルとなっているのは、いま海で危機的状況が起きていることに多くの人が気づいていない事実だという。
2022年、ウニノミクスは「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年※3」の公式推薦を受けている。これは、営利企業としては世界でたった3社のみ。それほど世界の専門家たちから熱い視線が送られており、カリフォルニア、カナダ、メキシコ、ノルウェー、オーストリア、ニュージーランドでも事業化計画が進んでいる。現実のものとなれば、海から取り組む環境保全だけでなく、高級ウニの空輸によるCO2排出量を減らすことにも貢献可能。今後ますますウニノミクスが地域の漁業者とタッグを組み、生活者もこれらのウニを選ぶことで、磯焼け対策が進むことが期待される。
※1 自然界から獲ってきた水産生物を、エサを与えて大きくしたり太らせ出荷すること。養殖とは、稚魚(卵からかえったばかりの魚)から育てること。さらに、養殖で大きくした魚に卵を産ませ、それを養殖に使うことを完全養殖といっている。日本農林規格(JAS)法では、給餌した水産物は畜養も含めすべて「養殖」表記をするよう義務付けられている。
※2 農林水産省「農林水産物輸出入統計」P20(最終閲覧 2022/7/4)
※3 The United Nations Decade of Ocean Science for Sustainable Development (2021-2030)
ウニノミクス株式会社
所在地 :東京都江東区木場2丁目13番6号
サイト :https://www.uninomics.co.jp/
食べチョク :https://www.tabechoku.com/producers/25882