大麦倶楽部 × 捨てられていた大麦の茎
生産量日本1位の特産品で、プラスチック代替品をつくる。
いま、海に流入する大量のプラスチックゴミが大きな問題になっています。世界の海洋プラスチックは約1億5,000万トン※1といわれ、少なくとも年間800万トンが増え続けているといわれています※2。そんななか、福井県福井市にある「大麦倶楽部」では、10年以上前から特産品・六条大麦でプラスチック代替品を制作。穀物の魅力を伝えるために開発した商品が全国的なムーブメントになるまでのストーリーを、代表の重久弘美さんにお伺いしました。
※1 McKinsey & Company and Ocean Conservancy (2015)
※2 WORLD ECONOMIC FORUM(2016)
海の被害だけでなく、温暖化の要因にも。
第二次世界大戦中、軍事用に大量生産されたプラスチック。戦後は安価な消費財へと形を変え、急激に人々の暮らしへ浸透していきました。安くて丈夫で使いやすいことから重宝されてきましたが、自然の力で完全に分解されないという特徴から、現在では海鳥やウミガメに絡まる事故が問題になったり、マイクロプラスチックが生態系を汚染し食物連鎖の果てに人間が濃縮されたプラスチックを食べることが懸念されたりしています。また、中国を皮切りに東南アジアが廃プラスチックの輸入禁止に踏み切ったことから国内で行き場を失ったこと、焼却処分をするとCO2を排出し温暖化の原因になることも大きな問題になっています。
また、プラスチックストローは大手メーカーが取り入れたことで単価が下がり、広く普及しました。プラスチックストローは紙ストローよりも耐久性があり使いやすいと評価されましたが、2018年7月にシアトルで禁止令が施行され、日本でもステンレスやガラス、竹や紙などで代替品がつくられる動きが起こっています。
大麦畑の心地いい風を、届けたい。
東南アジアで廃プラスチック輸入禁止のきっかけになった中国のプラスチック輸入禁止は、2017年。また、民間企業がプラスチックストローを禁止する契機となったSDGsは2015年、プラスチック憲章は2018年に採択されています。弘美さんが大麦でストローをつくり始めたのはそれよりも早い2010年。もっと個人的な想いからのスタートでした。
「麦の収穫は5月下旬〜6月上旬で、金色の麦が風で揺れるんですね。まるで風の谷のナウシカのクライマックスのように幻想的です。私は前職で保育士をしていて、この心地いい風を子どもたちに共有したいと思って、大麦畑でストローをつくりみんなで麦茶を飲んで過ごしたことがあります。その後、大麦の魅力を伝える食品会社を始めたときに、見えない風をどうやったらお客さんに伝えられるんだろうと考え、思い出したのが保育士での経験でした。もともと大麦ストローはどの農家でもつくられていて、私は農家だった義父に教えてもらいました」
また、弘美さんが大麦の仕事を始めたのは、夫の典嗣さんが大病になり食について見直したことから。そのときに、典嗣さんも育てていた六条大麦の栄養価の高さや、福井県は生産量日本一※3にも関わらず加工施設がないことに気づきます。そして、2010年大麦専門の加工会社「福井大麦倶楽部(現・株式会社大麦倶楽部」を典嗣さんとともに起業しました。
※3 農林水産省「北陸の六条大麦をめぐる事情」より
ノベルティから、商品へ。
「大麦倶楽部」は、大麦うどん、大麦入りぜんざい、大麦デミグラスソースなど六条大麦を原材料にした商品が中心の食品加工会社。大麦ストローは、創業当時からノベルティとしてプレゼントしていました。当時はただただ大好きな大麦の魅力を伝える手段のひとつ。弘美さんが休日に大麦を手刈り・天日干しし、平日の仕事終わりに夜な夜な大麦をカットするという方法で年間2,000本ほどつくっていました。その後、環境への意識の高まりから大麦ストローの販売を希望する方が増加。お客さんの声に背中を押されるかたちで商品化へと舵を切ります。
「まずは量を増やすために、大麦を確保し、農機具を購入しました。生産は主人が所属している“農事組合法人てんが”にお願いし、収穫は自社で行っています。農機具は、小型の手押しタイプを導入しました。というのは、いまの主流はコンバインという収穫・脱穀・選別ができる自動車のようなものですが、それだとまっすぐな麦わらが確保できないんです。収穫時期も、大麦の穂が重くなる前に行っていて。それから、天日干しが終わったらカビが発生しないよう仕上げの乾燥をしているんですが、それは自社の麦芽を乾燥させる機械を使っています。野菜乾燥機のようなものですかね。食品会社だと大型の乾燥機を持っているところが多いので、大麦ストローづくりは比較的始めやすいと思います」
ただ、難しいのは機械化できないカットの部分。人手を集めるのはアイデアが必要だといいます。
「どんな人にカットをお願いしようかと思っていたところ、福井の伝統野菜である菜おけ※4をつくっているグループの方々とご縁がありアルバイトをお願いしました。スタートしてみるとメディアで紹介してもらう機会が何度かあり、お手伝いを希望される方からの連絡が少しずつ増えていきましたね」
※4 菜おけとは、日本在来の菜ばなのひとつ。桶に漬けて食べたことから、この名前が付いたとも。
ただ、農家の方も自身の田畑で収穫が始まってしまうと忙しい。より大量生産できるよう2021年から福祉作業所にもカットを依頼しています。レクチャーは、作業するご婦人たちの手元をアップにした動画。こちらは弘美さんがiPhoneで撮影し、シンプルな言葉で内容を伝えています。
「今年から近くの福祉作業所にもカットをお願いしています。ご近所だと大麦や商品のやりとりがスムーズですし、あの畑の大麦を切っているとイメージしやすく、作業される方も商品に親しみを感じているようです。作業内容をお伝えする動画は、“ココとココの間を切る”、“切ったらこうなる”という本当にシンプルなものですね。大麦は竹のように節があるんですが、節と節の間を切って葉を採るだけでプラスチックのようにつるつるになるんです」
最も苦労したのは衛生面。これまで生産・販売しているメーカーが皆無に等しく、検品後に洗浄・消毒・乾燥させる衛生ルールを独自開発していきました。製薬会社に勤めていた典嗣さんや検査機関のアドバイスを受け、一般生菌・カビ・酵母・残留農薬を検査機関※5で検査し、この以上検査しようがないレベルまで徹底的にチェックし、大麦から生まれた「おおむぎママの麦ストロー®」の販売に踏み切っています。
※5 食品衛生検査指針に基づく検査機関
全国的なムーブメントに。
2021年からは、アサヒビールHD、SDGs関連の企業が中心になって始めた「ふぞろいのストロープロジェクト※6」に参画。弘美さんは、大麦ストローづくりの技術を惜しみなく伝えています。
「これは、日本各地の生産者、福祉作業所、企業・個人、学校、自治体や研究機関などが、地域や産業の垣根を超えたパートナーシップで進めているソーシャルプロジェクトです。私は、みなさんが始めたプロジェクトのなかで理事をお引き受けして、いままでの生産加工のノウハウを生産者の方々に共有しています。生産者さんは、二条大麦で有名な佐賀や栃木、六条大麦で有名な滋賀・茨城・群馬などからご参加くださり、つながることで私の世界も広がりました。また、環境問題だけでなく、産地の農家さんと福祉作業所が連携することで、障がい者の自立支援も目指しています。今回のお声がけをきっかけに、私たちも農福連携を始めました」
※6 「ふぞろいのストロープロジェクト」は、企業や教育機関の後押しを原動力として、各地の魅力を生かしたかたちで大麦ストローが量産でき、雇用を生すことで大きな地域の力になることを目指すソーシャルプロジェクト。
環境問題の話になると、経済成長の低下やさまざまな我慢などネガティブなことばかりが語られがちで、特に日本はプラスチック削減が遅れているといわれています。それは、全世界で行われた気候変動対策への意識調査にも表れていて、世界の6割が“生活の質を高めるもの”と回答したところ、日本では6割が“自分の生活を脅かす”と回答したそう。
一方で、弘美さんが始めた大麦ストローづくりでは、ポジティブなことが数多く語られています。たとえば、麦秋の美しさを伝えられ、六条大麦の新たな魅力をPRでき、地域の人たちが活躍できる場が増え、プラスチックゴミが減るなど。多様な人がそれぞれの目的で前向きに参加できるようにした結果、全国の多くの方々が共感し大きな広がりを見せた好事例といえそうです。
株式会社大麦倶楽部
本社所在地:福井県福井市殿下町46-4-1
URL :https://www.oomugi-club.com/