サンブンノナナ × バロックパール
真珠養殖の現場から、新しい美の基準を提案する。
1粒誕生するまでに、3〜4年もの歳月を要する真珠。その養殖は、海の水温や酸素量、プランクトン量など自然に影響を受けリスクが高いうえに、夏は暑くて冬は寒い過酷なもの。平成に伝染病が深刻化したことや、世界一とも評された養殖技術の海外流出などさまざまな要因も重なり、国内の生産者が年々減少しています。伊勢志摩でつくられる真珠の魅力アップを目指し、新しい切り口で真珠の美しさを提案・販売する「サンブンノナナ」の尾崎ななみさんにお話を伺いました。
真珠養殖発祥の地で、生産者の減少が続く。
1000個の貝のなかに1個あるかないかというほど、希少で高価だった天然真珠。それは、ニューヨークの一等地にある建物が、真珠のネックレス2本などと交換されたという逸話が残るほど。その後1893年に御木本幸吉が三重県の英虞湾で世界初の養殖に成功したことで、多くの人の手に届くようになりました。その種類は、白蝶真珠(熱帯の海で養殖)、黒蝶真珠(タヒチ近海で養殖)、淡水真珠(中国などで養殖)などがありますが、国産でポピュラーなのは三重・愛媛・長崎などで育てられるアコヤ真珠。
養殖事業者はアコヤ貝の稚魚を購入した後、真珠がプランクトンから栄養を取り込めるよう海藻や藻などの付着物を取り除いたり、海水温をチェックしながら真珠を移動させたりと細やかな作業を2年ほど繰り返します。そして、年間で最も真珠が美しくなるといわれる12月に、手作業で珠出しすることで一粒の真珠に出会えます。
手間暇かけて育てても、カットや調色などの加工なしでそのまま販売できる白くて丸い真珠は約2割※1。アコヤ貝の稚魚を購入しても、養殖の途中で死んでしまうものや海底に落ちてしまうものなどもあり、すべてが輝きを放つ真珠になるというわけでもない。近年は、中国産との価格競争で値段も下落しています。
2019年からは黒潮の流れが変わり海水温が上昇したことが要因のひとつとなり、アコヤガイの稚貝の斃死(へいし)が三重県志摩市の英虞湾などで大量に発生。このタイミングで、高齢の養殖事業者の多くが仕事を辞め、若者はリスクが高いうえに過酷な労働ということからあまり継ぐ人がおらず、生産者の減少が続いています。
真珠の美しさの基準とは?
のちに、ジュエリーブランド“SEVEN THREE. (セブンスリー)”を立ち上げる尾崎ななみさんは、三重県の伊勢市出身。2017年から伊勢志摩アンバサダーに就任し、東京と三重を行き来しながら地域の魅力を発信する活動をスタートしました。地元の魅力を改めて知るために、60年以上真珠の養殖に従事してきた祖父の仕事場にも足を運び、少しずつ手伝うようになります。
「真珠は自然のなかで育つので、工業製品のように単一のものがつくれるわけではなく、メーカーへ販売する前に大きさ、形、色、輝きなどの選別が必要です。業界では白くて丸い真珠が最も価値があるとされおり、何千、何万と真珠を見ているとその物差しに疑問を持つと同時にもったいないと感じるようになりました」
異業種から真珠業界をみた素直な気持ちや、伊勢志摩のPRと祖父のサポートをしたいという想いから、尾崎さんは地元の真珠だけを扱うジュエリーブランドを立ち上げます。
「真珠の魅力のひとつは、なんといっても輝きです。たった一粒の真珠でも、小さな核のまわりに真珠層が何千何万と重なることで、複雑な光を放つことができます。私は、祖父が真珠の養殖をしていたことから相当な数の真珠を見ることができ、そのクオリティの選別には自信がありました。だからこそ、形や大きさ、色など既存のルールに縛られることなく真珠の新しい魅力を打ち出すことができるのではと考えるようになりました」
これまでの固定概念を覆すジュエリーのひとつが“金魚真珠”。選別しているときに、尾崎さんが心惹かれ「金魚ちゃん」と呼んでいた球体に尾ひれのような突起がついたものです。そもそも、生産者も市場に合わせ従来の基準で出荷していたので、このような形の真珠があることはほとんど知られていません。
他にも歪な形のもの(バロックパール※2)は多数存在していますが、業界では白くて丸い真珠よりもランクが下と考えられることが一般的でした。尾崎さんは自然の力で生まれた世界にたった1つの真珠に価値を感じ、生産者の希望価格に寄り添うような形で購入しています。買い手がつかなかった真珠を購入することで、収入面で少しでも生産者支援ができればと考えており、なかには白くて丸い真珠より高く買い取ることも。また、伊勢志摩で真珠がつくられていることを知らない人も多いことから地域のPRと生産者の誇りになればと、産地を明記しています。
販売がスタートすると、真珠にあまり興味がなかった人が購入したり、リピーターになる人も。また、消費者だけでなく、同業者からも注目を集めています。
金魚真珠は美しい輝きだけれど形が歪な1点ものを展開する”百花シリーズ”のひとつ。SEVEN THREE. にはその他、予算に合わせてつくる一連ネックレスと一粒ピアス(イヤリング)がセットになった”瑞花シリーズ”、白くて丸い真珠をカジュアルに展開する”冬花シリーズ”、満月から新月の2週間だけ限定販売される”月花シリーズ”などがあり、どれも産地を明記し無着色。白だけではなくブルー・グレー・ゴールド・グラデーションなど天然の色合いをそのまま生かしています。金具はK18を使用し、モノがあふれる世の中で長く愛用したいジュエリーを見つけて欲しいという想いを込めています。
もともと社会貢献を目的にスタートしたわけではないと尾崎さんはいいますが、彼女自身が大好きな真珠を育てる風景やそれを懸命に育てる人など、生産背景を深く理解しているからこそ、共感を集める新しい美の基準を打ち出すことができたのかもしれません。金魚のイメージやSDGsなど今までとは違う入り口から真珠に触れる人を増やし、それが伊勢志摩産と伝えていく小さなムーブメントは、暗いニュースが多い産地の大きな希望となっています。
※1:生産者や養殖の時期、その環境によって変化します。
※ 2:バロックパールは、真円ではない真珠のこと。ポルトガル語「Baroque(バロック)」 は“歪んだ”を意味し、そこからバロックパールと呼ばれるようになりました。
株式会社サンブンノナナ
本社所在地:三重県伊勢市
URL :https://seventhree.jp/