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すぎとやま × 人工林

人工林から木糸をつくり、
くらしに身近なモノから山を育む。

戦後、大量に植えられた杉やヒノキ。その人工林の荒廃が、全国的に大きな問題になっています。解決の糸口を見つけることが難しいなか、ゼロ・ウェイスト宣言を掲げる環境先進エリアの徳島県上勝町で、地域の杉を使った繊維づくりが始まっています。今回、森の荒廃だけでなく、繊維の輸入依存問題も視野に入れながら、土に還る木糸を販売する「すぎとやま」の杉山久実さんにお話を伺いました。


人工林が、手入れ不足になった理由とは?

そもそも日本が植林を推進していたきっかけは、戦前・戦後にさかのぼります。軍事物資や終戦復興で森林が伐採されたことが原因となり、各地で自然災害が頻発。建築資材や燃料不足もあり、国の政策として植林が実施されました。一方で、むかしは木炭や薪だった生活エネルギーの変化や木材の輸入自由化、山村の過疎化・高齢化から国産材の供給が減少。人工林が手入れされる機会が減り、森の健全性が失われていきました。

『むかしは「イノシシや鹿、猿が降りてきたらしい」ということを耳にすることは稀だったらしいんですが、いまは「イノシシや鹿、猿がまた降りてきた」という日常的な話に変わっています。これは剪定されず過密になった木々が太陽光を遮って、本来動物たちが食べていた草や低木の実が育たなくなったからです。この話は一般的によくいわれることなのですが、わたし個人としては雨降りの後に川がすぐ透明になってしまうことも気になっています。むかしは、雨が降ると数日濁っていて。おそらく土壌に雨が保水されないまま、すぐ川に流れてきているんじゃないかと心配しています。ただ、地主も高齢になり、本人ができないとだれかにお金を払って手入れしてもらわないといけなくて。ボランティアというわけにもいかないし、森の問題はだれも責めることはできないですね』。

上勝町は、面積の約90%が山林でそのほとんどが杉の人工林。そのため、このまま杉がほとんど活用されないことは、町にとって大きな課題でもありました。

2003年にゼロ・ウェイスト宣言をした、四国で一番小さなまち上勝町。先進的な取り組みが多く、世界中から多くの人が視察に訪れている。

糸ではなく、織物からのスタートだった。

嘆くばかりではいられないと杉山さんが取り組んだのは、杉の木糸を使ったファブリックブランド「KINOF」。実は偶然の出会いからスタートしています。木の繊維をもとに布を織り上げる技術者が上勝町を訪問。その場に居合わせたことから、くわしく話を聞いていくと地元の杉を持ち込んでもいい、とのことでした。杉山さんは町にたくさんあって、最近は厄介者扱いされている杉が布になるのはおもしろいと事業化を決意します。さらに、国産杉の家具は高価で手が届きにくいですがタオルやスポンジなどの生活雑貨なら気軽に使ってもらいやすいこと、繊維業界の海外依存度が高いこともその背景にありました。

公益財団法人 日本海事広報協会「SHIPPING NOW 2021-2022」を参考に作成。

展示会ではタオルやスポンジなどの商品だけでなく、その材料となる木糸も紹介。すると、木糸に興味を持つ人、販売依頼をする人が複数あらわれます。また、KINOFを気に入ってくれた生活道具店が布商品を徹底的に研究し、独自視点で紹介・発売してくれたという出来事もありました。

こうした反応から、杉山さんはひとりで商品の魅力を考えるよりユーザー視点を取り入れて木糸の可能性や改善点を見つけていく方がいいのではないかというアイデアが浮かんできます。さらに、日本ではめずらしい国産の天然繊維をもっと多くの人に知ってもらいたいとの想いも強くなっていきました。

杉の間伐材でできたファブリックブランド「KINOF」。リネンのような軽い肌ざわりと速乾性、抗菌性が特徴。布が土に還るかテストをしたところ、50日後にボロボロになり半年後はほぼ消えて無くなった。

木糸の使い方や改善点を、あらゆる人と考えるプラットフォームへ。

そこで、ファブリックより汎用性が高い木糸のブランド「KEETO」を2021年にリリース。つくり手のさまざまなアイデアをカタチにできるよう、木糸で製造可能とされるすべての太さ(20番手、10番手、5番手、3.3番手)を最小単位5gから発売し始めます。

左から20番手、10番手、5番手、3.3番手。容量は20g、200g、500g、1000gを販売している。

「KEETOはブランドとしてまだまだ未熟なところがあるので、想定外の質問があるたびに実験をしています。思ってもいなかった質問は、発見につながりますね。理想は杉100%の糸ですが、今はまだ杉50%麻50%。さまざまな人の目に触れる機会が増えることで、杉100%を叶えてくれる技術者と出会うこともできるのではないかと考えています」

杉山さんはブランドサイトを“KEETO WORKSHOP”と名付け、天然の抗菌力や速乾性・吸水性を生かした靴下やタオルを木糸の活用法として紹介。技術者に最も近い生活者という立場を生かし、綿や麻のように一般化されていない木糸をだれにでもわかりやすく伝えつつ、杉山さん自身もこの糸をおもしろがり、見た人にインスピレーションを与えるようなコミュニケーションを心がけています。

上勝町の間伐材を細かなチップ状に粉砕し、木材から繊維を抽出。和紙を細長く切り、強く撚りをかけて糸に仕上げている。

KEETOの糸に伸縮性はないが、日本の靴下製造技術により使用率88%を実現。

目指すは、47都道府県オリジナル木糸。

今後、木糸が“ふつうのモノ”として人々に親しんでもらえるように47都道府県の杉でKEETOを展開することを目標にしています。まずはその魅力を最大限に生かす靴下というカタチで、徳島オリジナル商品を構想中。たとえば上勝産の杉を使った木糸だけでなく、徳島で平安時代からつづいてきたといわれる藍染や葉っぱビジネスで有名な株式会社いろどりの未利用資源を生かした草木染めなどで地域特性や季節感を加えるようなイメージ。それを足がかりに全国的な認知度を上げ、それぞれの地域で杉の糸をつくってもらい地元産の糸に愛着を持ってもらえればと考えています。さらに、変幻自在な木糸にぞれぞれのアイデアをのせることで、各エリアでも地域の魅力を発信してもらえればとも期待しています。

ブランドを発信側だけでコントロールするのではなく、まるで庭のように外からやってくる偶然性を大切にしながらブランドを豊かに育てていくKEETO。多くの人と楽しみながら森を守る道標をつくったブランドから、今後も目が離せません。

参考文献
平成25年度 森林・林業白書」林野庁


合同会社すぎとやま
所在地                :徳島県勝浦郡上勝町大字福原字栩ケ谷81
サイト                :https://sugitoyama.jp/

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